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2019-03-16

【宮古民謡】池間の主

池間島 池間の主

池間の主は、何時までも耳に残る宮古民謡独特の美しい旋律が人気の唄です。

琉球民謡保存会では、優秀賞の課題曲の一つになっています。

 

池間島について

池間島は宮古島の北西に位置する島で、宮古島本島とは1425メートルもある、美しい海の上にかかる池間大橋で結ばれています。

天気が良い日の池間大橋あたりから眺める景色の素晴らしさはなんとも言えません。

車だとあっという間に一周してしまうぐらいの、周囲10キロほどの小さな島とは言え、その存在感は宮古の中でも御嶽信仰をはじめとする古い風習を強く残して居ることでも有名で、神の島とも呼ばれます。

民謡も然り、宮古の中でもダントツで沢山の唄が残されている唄の島だと先生から、この唄をやる際に教えられました。

その数ある唄の中でも、池間を代表する唄が今回紹介する「池間の主」です。琉球王朝に統治されていた時代に実在する人物のことを歌っているそうです。

池間島 すむばりの宮古そば

宮古島に来れば、必ずといって良いほど足繁く足を運ぶお気に入りの島で、海岸で弁当を食べたり、漁港の側にある、池間島の名物食堂「すむばり」の宮古そばとたこ飯は大好物です。

池間の主の歌詞

太陽(うぷてぃだ)と月がなす 上り参や一つ
ばんたが主と親母とが思や一つ
サーニノヨイサッサイ

池間の主や首里大屋子(しゅぬぷやく) 池間目差さ池間ぬ主
ばがかなす 武佐親(むさうや)や直ぐ目差
サーニノヨイサッサイ

池間の主がうやき 大んなぴるますうやき
主家台所(うぷやとううわ) 葺(ふ)かまいすて俵やぴだつ
サーニノヨイサッサイ

池間の主が舟(ふに)がまよ 大んな荷強(にづ)う舟がまよ
舟子(ふなく)ゆみ みりば七ぬ舟子
サーニノヨイサッサイ

ばんまい池間の主やらば ばんまい離りぬ親やらば
池間宿付 ミガガマが煮物食いみば
サーニノヨイサッサイ

神屋ん居す゜きやぬミガガマ世花咲きどうたす゜すうが
大親家んかい 行き゜たりやど灰猫小(カラバスマユガマ)よ
サーニノヨイサッサイ

灰猫小やらばんうつあ 灰犬小((カラバスインガマ)やらばんうつあ
大親主が 肝んであん すのうちからよ
サーニノヨイサッサイ

解説

この唄が、作られた年代などは判らないということですが、歌詞の中に「首里大屋子」とか「目差」など、琉球王朝時代に宮古に派遣された役人の役職名が出てくるので、時代背景はその辺りに遡るのは間違いない史実なんだそうです。

 

太陽(うぷてぃだ)と月がなす 上り参や一つ
ばんたが主と親母とが思や一つ

太陽(太陽神)と 月(月神)の 上がってくるところは ひとつ
私達の主と 奥様との 想いも ひとつ
 

池間の主や首里大屋子(しゅぬぷやく) 池間目差さ池間ぬ主
ばがかなす 武佐親(むさうや)や直ぐ目差

池間の主は 首里大屋子になり 池間の目差は 池間の主になるでしょう
私の好きな 武佐親は すぐに目差になるでしょう
 

池間の主がうやき 大んなぴるますうやき
主家台所(うぷやとううわ) 葺(ふ)かまいすて俵やぴだつ

池間の主は 富貴 非常に珍しい富貴
大家台所もつくられて 俵を積み上げている
 

池間の主が舟(ふに)がまよ 大んな荷強(にづ)う舟がまよ
舟子(ふなく)ゆみ みりば七ぬ舟子

池間の主は本当にたくさん荷物の詰める舟を持ち
舟子を数えてみたら七名もいた
 

こんな風に、池間の主が裕福でどれだけ凄い人物なのかが、宮古民謡の独特な旋律でとうとうと歌われています。

唄の後半の歌詞は、前半とは少し趣が変わって、池間の主から可愛がられている賄い女のミガガマを、実家にいたころは花咲く様な美しさだったのに「灰かぶりの猫」になったと笑っています。

この解釈、琉球の各地では良く耳にする話で、派遣された役人の現地妻の様な存在になると、村の他の者からは色んな意味で嫉妬され、妬まれたと言います。そんな唄が琉球の各地には幾つも残されています。

後半の歌詞も含めて、少し見方を変えれば、池間の主を褒め称えながらも役人の現地妻などになったら末路は哀れなもんだぞ、と皮肉たっぷりに歌っているんだよ、そんな風に教えてくれた先生もいました。

個人的にはこの解釈は大いに頷けると思っていて、宮古だけでなく、本島の農村地域や八重山や奄美の民謡を深く知るほどに、琉球政府から派遣された役人に対して、人々がこんな風に唄にして褒め称えるほど好意的になれるのか?と思うのです。

現地妻の話も八重山や奄美群島などでは本当によく聞く話で、役人は任期が終われば本島へ帰ってしまうのが常で、その主人が居る間は生活も保証されて良い暮らしが出来たそうですが、主人が帰った後は、村人からは半ば村八分にされて、哀れなものだったと言います。

余談になりますが、歌詞の後半に出てくる「ミガガマ」ですが、内地の言葉でいうとミガちゃん、そんな感じです。沖縄民謡の大師匠、登川誠仁先生などは、セイ小 (せいぐゎー)と呼ばれて親しまれていましたが、ガマという言葉は、沖縄本島では小(ぐゎー)に該当する言葉になります。

池間の主のお墓

宮古 池間島

「池間の主」のお墓が池間島にあると島のおばあに聞きました。池間島で生涯を全うされたのでしょうか。お墓のある場所に池間の主の屋敷があったそうですが、今は草木が生い茂り近寄ることは出来ないそうです。

これだけ有名な唄の主なのに、歌牌でも作れば訪れる人は多いと思うのは、私だけでは無いと思うのですが。

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